坂本竜馬の言葉です。
竜馬の画策で薩長軍事同盟が成立し、倒幕に向けて軍事作戦が展開されようとしていた頃のこと。流血を回避しつつ、新しい政府の成立を目指した「大政奉還」という竜馬のアイデアが、慶応3年10月、将軍徳川慶喜を頂点とする御前会議にかけられたのです。
この会議は長引き、竜馬の意を受けて出席していた土佐藩士、後藤象二郎の帰りが遅いことに志士たちは不安を抱きはじめます。
司馬遼太郎さんは、著書「竜馬がゆく」のなかで次のように描写しています。以下、引用です。
(遅い、とはいいしるしではないな)
竜馬はおもった。おそらく城内でごたついているのであろう。最悪の場合、案を拒否されて後藤はその三寸の舌も効なく、城内で切腹したのかもしれない。
「竜馬、これは絶望かい」
古い志士が、大声でいった。
「世に絶望ということはない」
竜馬はにがい顔でいった。死んだ高杉晋作もそういう意味のことを言い、いっさい絶望せぬ、それが信条であると平素いっていたのを、竜馬はふとおもいだした。


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